綿矢りさの名作ではありません。だってほら、綿矢りさのあの名作って敬語調じゃないじゃないですかぁ。
正体は、僕が定期的にアンインストールしているアプリTwitterのことです。みなさんも心当たりがおありでしょう。
憎きTwitterめ!承認欲求の鬼め塊め!もう二度と触るばい!という並々ならぬ決意のもと毎度のようにアンインストールを実行しています。
認めます。いつも威勢だけはいいのです。先程、累計13回目くらいのアンインストールを無事終えました。取り除く行為そのものはとても簡単です。
新しい日常では、無意味な片手間いじりを強制終了させてくれます。だって、スマホの画面内から綺麗ぱりさつ消え失せてくれるのですから。
もう気の利いたこと呟かなくていいんだよ
フォロワー中心じゃなくていいんだよ
じぶん中心の生活でいいんだよ
おかげさまで僕の本分であるブログに全力アウトプットする余力が一日の終わりに残ってらぁ。幸せ。
ほんとにまたやりたくなったら、脳内でやればいいだけです。依存者なら当然の心構えです。昨今ちょうどいいじゃないですか、外出パラダイスを仄めかすような投稿をすれば即\(^o^)/される時代ですよ?
アンインストール後に、アプリを再インストールして表示される〇〇日前という最後の投稿日。それに恍惚としながら達成感に酔いしれるのである。むろんそれは事後であるから、すなわち自分との闘いに負けたことを意味しているのだが。
真の賢者(極重度依存者)はアプリのインストールすらいらない。
だって、頭の中でできんだもん。