書くザトウクジラ

文字に、全振り。

言葉はすべてじゃない

タモリさんの言葉で好きな言葉がある。

 

言葉はそんなに強くない、という言葉。

 

たとえば、人生の目標は言葉で決める。しかし、果たして、その言葉は人生を縛れるほど偉いものなのか。

 

言葉は絶対ではない。言葉なしに圧倒的な生き様で生き抜いてみせて、人生をまっとうするような人もたくさんいる。

 

言葉で人は強くなれるのかもしれないが、言葉はまた、それと同じくらい人を弱くするのだ。

 

そんな扱いの難しいものだから、自分がラクに受け取れるようにその時々でカスタマイズしてやればいいと思う。言い換えれば、自分にとって都合のいい解釈をするということ。

 

たとえば、他人から悪口を言われたら、「しょせん言葉だ」と平気で割り切ってしまえばいい。

 

言葉を自分なりに自由に変換できる人が、雑多な言葉のあふれる現代を生き抜くのに強い人だと思う。

 

一杯のコーヒーより、コーヒー豆を買う幸福

皆さんは、一杯のコーヒーでどのくらい時間をつぶせるだろうか。私はせいぜい2時間くらいだ。一杯400円くらいのコーヒーを2時間で買う、そんなイメージだ。しかし、私はあるとき気がづいた。

 

つい先日のこと。コーヒー豆のストックが切れたので、一杯のコーヒーを注文するときについでにコーヒー豆を買う、そのときに気づいた。

 

コーヒー豆は時間換算するとどのくらいになるのだろうかと。一杯分を挽くための豆を10gと仮定する。さらに250gで定価800円の豆だと仮定する。

 

250÷10=25 800÷25=32

一杯32円という数字がでる。

 

一杯400円で(カフェで)2時間

一杯32円で(家で)2時間

 

しかも家にいながらにして、好きなときに、好きな豆で挽いたコーヒーが楽しめるという。

 

珈琲沼への入り口である。

 

就寝前は「良い感情」でいる

本を読み知的好奇心を満たしたり、その日あった良かった出来事を書き出したり、明日の楽しみなことを想像したり。

 

就寝前は笑顔をつくるようにしている。

良かった日も、ダメだった日も。

今日という日を走り切って、今間違いなく存在している、ありのままの自分を受け入れる。

その日の最後に笑顔でいるだけで、「今日」が案外捨てたもんじゃなかったということに気づく。

 

いい夢が見られますように

いい現実が訪れますように

 

就寝前は極限までシンプルでいい

難しいこと、一切いらない

 

勝手に仕事を増やされました

今からめっためたに書き殴ります。

ネガティブ注意、句読点皆無注意

 

僕の職場は月末になると、翌月の仕事割り振り表みたいなのが一斉にメール送信される。

 

今月もその例外ではなく、来月の割り振り表が送られてきた。そこまでは良かった。だがその先はただ目を疑った。はっ!?

 

はっはっ? なんか知らん間に

知らん仕事ふえとるんだが!!? はっ?

 

 

ただでさえ人手不足、みんな大変な時期

それはわかってる わかってるつもりだった

協力するのはわかる

協力がイヤだと言ってるわけではない

 

今回一番納得いかないのが、そんな重要なことを、事前相談も一切なしにいきなり事務的にメールだけで知らせて来たことだった

 

まじで信頼なくすやり方

仕事におけるイヤな出来事トップ3には余裕でランクインするくらいの卑劣さだ

 

30才の僕だけど、久々にちゃんとした怒りが込み上げてきました

その点においてはありがとう

新しめの忘れていた感情を思い出させてくれてありがとう 脳が活性化した

 

だが褒められるのはそれだけだ

 

ゆるせん、ゆるせん、せんをだせ、せんがほしい

せん、ほしい‥ ほしがれ!

 

アカン、千と千尋カオナシみたいな口調になってきた‥

 

さて、ここにいても無限に筆が進むだけのようなので散歩でもしてきます

 

まじで舐められてるのかもしれない

しかしそれにしても、仕事にまじめに取り組んで来た積み上げがこれじゃ、あんまりではないか

 

明日、独断した上長に一言いってやる

そうしないと気が収まらないZ

 

あぁあ、明日が楽しみだなぁ!

みんなもこんなこと許せないよね ?(´;ω;`)

スクロールしても人生は見つからない

その指先にあるのは他人のこと、他人の人生。

 

深入りしなくていい、感情移入しなくていい

都合のいいことだけ頭に入ればいい

 

輝かしい他人の人生、まぶしいほど見ていられないから

 

そこそこ誰かの暗い人生を薄目ひらいて見ていたい

 

ひたすらその繰り返し

24時間おきにやってくる衝動

 

自分の人生探しをあきらめている

 

いくら感動しようが、縦スクロールで得られるものは、所詮一夜限りである

 

いっぽう、横スクロールはなかなか心にこびりついて離れない。本である。