書くザトウクジラ

文字に、全振り。

スマホゾンビは人間ではない

 

バスや電車の中で、スマホに釘付けになっている人は数多くいる。私も間違いなくその一人だ。彼らのことをいわゆるスマホゾンビと揶揄されることもある。

現代人の主食は情報だ、といわんばかりに過剰摂取の毎秒毎分毎時間。食事をこれに置き換えたらどうなるか。いくら栄養豊富だといわれる食材を食べ続けたとしても胃が満タンになり、キャパシティを超えれば体が拒絶する。物理的な満腹を迎える、これと同じことではないか。栄養になるならない以前の問題だ。

その点、食事の場合のほうがいくぶんマシだ。限界が必ずやって来るものだから。しかし情報に限界はない。究極的には自分の欲望が続く限り、そして眠気をもよおしベッドに入るまでの間であれば、いくらでも摂取し続けることができる。

質の良い情報だけを得ているのならまだしも、質の悪い情報も巷には溢れかえる。まさに情報の雑食動物だ、我々人間は。

恋人の顔より、スマホの画面に接している時間が圧倒的に長い。あまりにそれは寂しすぎぬではないか。文明の利器が身近になりすぎた今、想像するまでもないことだ。

スマホそのものは悪ではない。それどころか人類史を変えるほどの大発明であり、生まれるべくして生まれてきたものだとは思う。

しかしその使用者である人間がみな善とは限らない。人間ひとりひとりにそれを使うだけの資格が本当にあるのか。発光するディスプレイに注視するより、せめて身近な人の顔をもう少しだけ見つめてあげるという小さな一歩が、最期まで人間らしくいられるための、人類のせめてもの抵抗なのだと思う。

私にとって、無機質な情報に四六時中向きあうよりも、一瞬一瞬ごとに変化起伏のある人の表情を眺めている方がよっぽど面白い。