信号待ちでさえ、病院の会計待ちでさえ、僕らはジッとしてられない。
スマホを触ったり。スマホを触ったり。スマホを触ったり。その点では無意識的に行う呼吸となんら変わらない。無意識的に僕らは半ば無理をしてスキマを埋めようとする。そうでもしない限り、時間が経過しないとでもいうように。
ただ無理に埋めたスキマは、たとえ物理的には埋められたとしても、心理的には埋められていないものだ。
なにかしてなきゃイられない病は、もうほとんど現代病に近い。だったら、せめて、自分はこうなってしまうと意識していくしかないと思う。生きとし生ける人間の、自覚がない無意識的時間消費ほど無意味で悲しいものは無いのだから。