書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

冬休みと年末年始のちがいは大きい

 

 冬休みが「自由」ならば、年末年始は「責任」である。子供と大人の境界線がちょうど、この長期休暇にはある。子供の場合は「冬休み」で、大人になった途端にそれが「年末年始」という呼び名に変わる。なんの遊びも飾り気もない、むき出しのただの定義と化した言葉がそこにある。

 悔しいので、私は、大人になった今でも年末年始を冬休みと気軽に呼ぶことにした。これだけで遊びへの欲が一気に高まる。仕事のために心身を休める期間ではなく準備期間でもなく、ただただ無考えに、ただただ無生産な日々を過ごしていくのだ。これが今の私における到達地点、年末年始2.0である。とカッコつけつつも、結局ただ毎年のごとくグータラしたいだけなのだが。