たまにいらっしゃると思います。
最後のほうに、申し訳な〜く、ひょっこり顔を出してる、○○リストなるもの。
いやいや、見えてるからそれ!
まぁ、見せてるんでしょうけど。
アフィリエイトでも、アドセンスでもない。
その魅惑の生計法に迫ります。
注)迫るだけです。
事の発端
なにやらアマゾンには、匿名で欲しいものリストを公開する機能があるようですね。私もこの存在を知ったの、数ヶ月前です。
たまにTwitterのタイムラインで流れてきた人のプロフィールを見てみると、実際ほしいものリストを載せてる人とかいます。フォロワー5万とか10万クラスの、コスプレイヤーとか猫娘みたいな人です。
欲しいものリスト経由で貢いであげるファン層の底が知れます。それで満足なのかと!(注 今日は辛口でいきますょ!ズバリ言うわよ!)
AKBのCDといっしょ
言ってみれば、某アイドルグループのCDや写真集とかを買うと、それが握手券(しかも抽選券)や投票券になるというもの。たかが個人の購買範囲の一票など知れている。それが直接アイドルを喜ばせることにならないし、喜んだことを知る「術」すらない。わたしたちは一般人だから。
何を求めてファンは、身銭を切ってそこまでするのか理解できない。素人の僕なんだけど一応かんがえてみた
①「抽選で」アイドルに会える!→人ひとり分の一生があれば、会えるんではないでしょうか。会うのは「一瞬」ですけどね。
②アイドルの喜ぶ顔を想像してウキウキ!→変態の素質がありますが、問題ないとおもいます(適当)
③自・己・満・足!→あぁこれだわ。こんなことを思い出しました。ボランティアで学校周辺の清掃活動が学生の頃よくありました。ゴミを拾うときは、「汚ないし汚れるしなんで朝から汚れなあかんねん」と思ってました。
しかし、活動終了後にきれいになった場所をみて感動したのと同時に、次に向けられた感情が「僕がこの地域をここまでキレイにした!」という、今度は己に対して向けられた優越感だったのです。
きれいにされた場所
きれいにした自分
客体と主体です。両方に変化があったことは間違いなく、その両方に人の感情が沸いてくる、というのはある意味正しい当然の現象なのでしょうね。
アイドルにお話を戻します。さきほどの話に置き換えると、貢がれるアイドルが客体、貢ぐオタクが主体となります。
客体に対して、主体ができるのは身銭を切り「思いを馳せる」のみです。反対に主体に対して、客体ができるのは「健康状態を保ちながら、現役を少しでも長く続けること」なのです。所詮。
論破失敗の巻
ってあれ?論破しようと思ったけど「見返りを求めない素晴らしきファン」っていう構図になってきそうだぞ?いやそういう結論だこれ!!
自己満足でもいいじゃない。
信頼関係だけで結ばれる関係、いいじゃない。
すてきやん☆
信じる、信じられるのみの関係性こそ、究極の「人間関係」じゃないか。
顔も名前も住所もお互い知らないのに。
「心」だけでつながってるなんてほとんど奇跡やん。
すきやきやん☆
(声:北大路欣也)
最後に
僕も猫娘みたいに生まれてたら、欲しいものリストだけで、どれほど生計を立ててこれただろうか。
結局それは、専業主婦が気晴らしに買った宝くじで1億円当てるようなもので、人生を狂わされるような気がしない.. でもない。
はい。わかりましたよ。
主体(貢ぐ人)
客体(貢がれる人)
第三者の私(やきもき)
僕は欲しいものリストで送ってもらえる人に、全力でただただ嫉妬していたのですね...
はいはい。
はぁ〜
猫娘。。。