書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

感情に関わることは日記に書かない

 

 日記もしくは手帳に書くのは学んだことだけ。知識として得たもの、経験として得たものだけ。たとえポジティブな感情であったとしても、それを書き記すことはあまりない。なぜなら今日はポジティブだが、次の日は何も書かなかったりする。あとあと見返したときに、その何も書かなかった白紙の日はが気になる。果たしてこの日どんな感情だったのかを勘繰りたくなる。不必要な詮索をしてしまうのなら、初めから感情にまつわることは一切書かなければよい。感情はいい加減だ。そのときの天気や体のコンディションで180度変わるくらいにはいい加減だ。

 少なくとも感情優先で生活してはいけないと思う。ご丁寧にまいどまいど、感情と正面から向き合っていてはこのストレス社会では身が持たぬ。これはなにも無感情のロボットになると言っているのではない。感情を紙に残さないと言っているだけだ。しょせん感情など、瞬間爆発しそこから尻すぼみになっていくものだ。怒りがまさにそれだ。

 とくに具体的な解決策など見つかってないのに、翌日には心の揺らぎが体感50%くらいは収まっているものだ。感情には日にち薬がいちばん自然で効果的だ。学びという事実だけ、己の肉になった部分だけで埋めつくしていく。ボジティブもネガティブもない、プラスだけの世界。書いたぶんだけ報われる絶対的世界。日記はそれが許されて然るべき世界なのだ。