書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

イチロー選手の引退会見は何一つ欠けていない、まさに人生の花道だった。

 

 

イチロー選手(以下、親しみを込めてイチローとする)の引退をテレビで知った。もう彼も年だとは思っていたが、そのときが本当に来るなど考えたこともなかった。考えたくもなかった。しかし不思議とその事実を前にすると、笑みがこぼれた。心の底から感謝の気持ちが湧き上がってきた。その様子は、イチローの歴史的引退を伝えるキャスターの胸中にも表れていた。感極まって今にも涙しそうな中年キャスター、言葉の整理がつかない若手女性アナウンサー。

 

地方のラジオでも引退について触れられ、新聞各紙の一面はもちろんオールイチロー。デイリースポーツは阪神をメインに扱っているのだが、その看板スポーツ紙でさえ今回のことを一面にしていた。日本中、世界中のメディアがイチロー一色となった。

 

そして、あのイチローの引退会見である。ただで終わるわけがない。やはりイチローの引退会見はものすごかった。そのまま本に出来るような、いや彼の伝記には間違いなく掲載されるだろう彼の人生観、野球観が映像からひしひしと伝わってきた。

 

イチローはインタビューの際、馬鹿げた記者の質問には、答える意味が無いとばかりに徹底的に抵抗する。たとえば、「今日のゲームはどうでしたか?」などと聞こう者にはもう二度と質問させてくれないという。(元ヤクルト・岩村明憲談)そんなストイックさを貫くイチローであっても、3月21日の会見は特別だった。現役人生最後の会見は、誰も予想だにしなかった彼の愛くるしい笑顔から始まった。


「今日はとことん付き合いたいと思っていたんだけど。お腹が空いてきちゃってね。笑」


いつものイチローらしからぬ、この日は少々チャーミングな一面を見せてくれた。いや、もしかすれば、こちらの方が素の本当のイチローなのかもしれない。常人では計り知れないプレッシャーの中、着実に結果を残すスタイルは世界中から尊敬され、真似され、お手本とされてきた。

 

 

2019年3月21日 深夜23時56分。
東京ドームホテルの地下に設けられた、会見場に入ると開口一番、彼はこう言った。


「こんなにいるの? びっくりするわ!」
深夜にも関わらず、歴史的速報を受けて駆け寄ってきた200人以上の報道陣に驚きを隠せないようだった。

 

そしていよいよ会見が始まり、記者の最初の質問。いきなり直球がきた。

「これまでの野球人生でイチローさんが貫いてきたことは何ですか。」

 

イチローは言葉を慎重に選びながら、こう答えた。

「間違いなくそれは、野球を愛しつづけたということです」


野球選手の引退会見において、第一声が「野球を愛する」 ちょっとカッコ良すぎではないか。めちゃめちゃシビレた。


そして、新チームメイトである27歳の次世代のホープ。菊池雄星投手との深いハグ。「頑張れよ」と声をかけられ、雄星投手は思わず涙。生涯の宝となり、彼の胸に永久に残り続けるだろう。

 


東京ドームで行われたマリナーズとアスレチックスの試合は、延長12回 5対4で無事マリナーズが制した。イチローの最終打席は、ショートゴロに終わった。最後まで全力疾走で、グラウンドを駆け抜けていた。そうだ、この端正な彼らしい走りもこれから見られなくなるのか。そう思うと切なさもあったが、ホームベースから一塁までの空間は、最後まで全てを出し切った男の花道のようで、実に清々しくあった。

 


イチローは自身が残した日米通算4367安打という記録に対して、こう言っている。

「4000本打ったという喜びよりも、8000回打ち取られたことの悔しさのほうが勝る」

 

「人と比べてどうこうじゃない。僕はひたすらに、自分にできることを積み重ねてきただけです」

この言葉によって、イチローがどんな逆境であっても、毅然と立ち向かえることの秘密が少しわかったかもしれない。

 


マイケルジャクソン、マドンナ、ビルゲイツ?
歴代の偉人を並べ立てる必要などない。だって、イチローという名前そのものだけで、レジェンドを意味するのだから。

 

彼を一言で言い表すとするなら、
彼は天才でも、努力家でもない。
彼はその二つを兼ね備えている。
私なら、敬意をこめてこう表したい。


イチローは、世界一野球を愛した男である。


世界一野球を愛した男は同時に、世界一仲間に愛された男でもあった。
ここで、MLB各球団から寄せられた言葉を紹介する。

 


アストロズ「絶対的なレジェンドよ、ありがとう。あなたは、あらゆる方法で世界に変化をもたらした。引退後の人生を楽しんで、イチロー!」


ヤンキース「おめでとう、イチロー。大変光栄で喜ばしいことだ。」


マーリンズ
(マーリンズ時代の写真を掲載)
「素晴らしいキャリアおめでとう、そのキャリアの一部となれたことは光栄だった。」


アスレチックス
(21日の試合で観客に手を振っている写真を掲載)
「イチローに最大の敬意を払う。彼の球界における国際的なインパクトは殿堂入りで締めくくられるだろう。常にプロフェッショナルで、常に素晴らしい。引退後の人生が素晴らしいものになりますように」

 


背番号51は、もはや野球界の永久欠番であろう。世界一愛されたナンバーであることは疑いようがない。


「最後にこのマリナーズのユニホームを着て、この日を迎えられたことを大変幸せに感じます」


お礼を言いたいのはこちらのほうだ。


自分の生まれた国で、日本のファン、海外のファンが見ている中で。次世代へのバトンをきちんと渡すことも忘れない。

 

イチローとしての野球人生の最後に、鈴木一朗としての彼自身の人生がたくさん詰まっていた。
彼の最後は、何一つ欠けていなかった。
まさに、野球の神様に仕組まれたような、完璧な花道だった。


イチロー、本当にありがとう。

 

最後に確信した。

やはり、イチローは永遠だ。