書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

ブログって冷静になったら書けないよね

 
あー書こうかな、やっぱやめとこうかなって迷ってたら。
もう次の瞬間かけなくなってる、それがブログ。
 
何か新商品のレビューや書籍紹介、ニュースの引用をするとき、間違った情報を引用しないようにと慎重になる。尚更いろいろ調べながらの執筆になるため、勢いが落ちて失速してしまい、書く前に思い浮かんでたアイデアさえ飛んでしまった、なんてこともざらにある。
 
そう考えれば、本記事のような写真ゼロ、見出しゼロ、文章だけ!の記事は本当に楽だし、自分の言いたいことが全部出し切れる気がするから好きだ。
 
写真てんこもり、教訓ちらしずしな「ザ・ブログ」ももちろん好きだけど。ほら、時間がかかるじゃん。いや書いている最中は夢中になってるから、気にならないんだけど。投稿したあとに、わーもうこんな時間だーってなる。そうすると今度は長い筆休みに入りたくなる。結果、次の記事更新までの期間が空いちゃうってことになる。
 
だから、一つの記事にフルパワー込めすぎるのも考えものだなって、思うときがある。
 
本記事のタイトル「冷静になればブログって書けない」だけど、
以上のように言ってきたことを、ブログ書く前にうだうだ考えてると、本当に、最初の一文字目を生み出すのさえ億劫になってくる。
 
今回はあえて、ブログが書きたくなくなる僕の脳内プロセスをブログにて再現してみた。もちろん、今の時点でも1000文字でさえ到達してるか怪しいし、そもそもこの文章が世に出るかどうかも、現時点では不明なんだけど。頑張ってせめて千文字はいきたいな。グーグルの評価もあるし。
 
ここでグーグルというビッグワードが出てきて、読者も、僕自身も本来の記事内容の趣旨を忘れてしまうことだってあり得る。
だから、しつこくもう一回。タイトルの復唱を。
 
「冷静になるとブログって書けないよね」
 
おっと。そうだった。
あぶないあぶない。
 
逆に言えば、この一文は「情熱があるとブログは書ける」と言い換えることができる。
 
ちなみに2018/06/18
あげたばかりの記事は僕の過去記事の中で最長文字数になった。確か3990字とかだった
 
4000いけたらカッコよかったけど、文字数にとらわれて、しょうもない(自分の納得のいってない)文章を無理にはさみたくないし。
 
4000に到達して危うく、へんな自信がついて、へんに調子づいちゃったら嫌だし。
 
ほら、イチローが国民栄誉賞を毎回断ってるみたいに。あれと似たような心境かな。なんて。
 
四千というと原稿用紙10枚分だけど、いまだれか偉い人にその枚数書けと言われても、つらいなぁって思う数字なのかなとは思う。少なくとも二、三日は欲しいところですな。
 
 
キリがないのでさっき僕がしかけた話。
情熱があればブログは書けるって話だけど。昨日紹介したSlackっていうアプリ。僕はそれに心底、感銘をうけたから、原稿用紙10枚分も書けたのだろうと思う。
 
Slackの先進性、利便性、インターフェースその他諸々。
アプリを入れて一通り触ってみて、その直後にあげた記事ゆえの熱量・文量だと今ふりかえって思う。
 
あれが、とある神様なんかに命令されて「Slackの記事は一週間後に書くように」と言われたら、もっと文量おちてるし、中身も無味乾燥なものに仕上がってただろうなって。
 
世間の流行が日々変わるように、自分の中にも流行があって、世間のそれと同じように波もある。
 
結局、脳って新しいものずきで、新しく閃いたものほど優先する傾向があるのかなと思う。
 
アドレナリン沸かせながら、新しいアイデアという名のご褒美にかぶりついてそう。
 
案外、脳みそ君って肉食だったりして。
 
 
はぁ。
大体言いたいこといえたし、今日はこの辺にしておくか。
 
にしても相変わらず今回も文体や時系列がファンタジーしてるな。
あ、でも今良いこと思いついた
 
次の記事タイトルはこれにしよう
 
「ブログは何者にもなれる」
 
誰にもとられたくないから
先に宣言しておこう
 
ちょっと新しいでしょ
ブログタイトルを予約するブロガーって