事件発生時刻︰2018年2月20日 19時30分頃
近所の定食屋でカツ丼を食べたくなった私は、気づいたら定食屋のカウンター席で注文をしていた。ここはカツが有名で値段も安いことから、学生をはじめ、仕事終わりの会社員もよく足を運ぶ。地元の人気店だ。
私「すいませーん。カツ丼を。大盛りで」
店員「はい!オーダー入りました、カツ丼大盛ひとつ!」
厨房「はいよっ!カツ丼大、一丁!」
ー約20分後ー
カツの着丼。
私は箸を勢いよくパキッと割り、半生の卵と、しなったネギ、醤油ベースの豚カツを一気に頬張る。今日のカツの衣は悪くない。サクサクより歯ごたえがある。ザクザクしていた。合格点だった。
と、先程から私の目の前を3回は横切ったであろう灰白い腕の存在を思い出した。そういえば鼻につく匂いもしていた。さっきからこの人は、ずっと。お茶を汲んでいるのか...?それにしてもだいぶ飲むな、この人。
熱々のカツ丼を食べ終わり幸福感に満たされていた私。ある一つの疑問が頭をかすめる。
❝ この人、もしやホームレスか? ❞
風貌で大体わかってしまう。一気に日本経済の縮図を見させられた気になり、現実に突き落とされた。天にも昇る腹心地だったのに。
❝しかししかしわからないぞ。❞
そもそもこの人がホームレスかどうかなんて確証が無いじゃないか。決めつけはよくない。思わぬ偏見が思わぬ被害者を生むこともある。いや本当のことを言うと、ホームレスが何者たるかも今ひとつ理解できてないな...
真剣になやんだ。それでも答えが出てこない
しょうがないから私はググった。
現在、日本で法的(2002年ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法より)に定められているホームレスの定義は、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」
これだけかよ。定義の情報が少なすぎて余計わからん。じゃあ定食屋で座っていただけだから、ホームレスとは判断できないな...
しかし時間が経つにつれ、私による観察が進行していくたびに、やはりどう見ても、隣りのその男性は私の連想するホームレスの定義と完全に一致していた。
・年齢は50〜60代
・ぼさぼさ頭をすっぽり覆うフード(食事中なのに一回も取らない)
・鼻をつく匂い
・全身灰白いジャンパー
・お茶を何杯もお代わりする
・食べ終わってしばらく経っているのにその場を動こうとしない。
外見的理由に加え、挙動面においてもこれほどの理由がある。名探偵の私にはあなたをホームレスと定義できる材料が。
これが本当のホームズvsホームレス。くだらない事を言っている場合ではない。これはお互いのプライド、人生観をかけた推理戦なのだ。
しかしこれほど強力な理由付けも、跳ね返してしまうのではないか?というどんでん返しが待っていた。それは、その男性がやっと重い腰を下ろし、レジへと向かうときであった。
店員「お会計650円になります」
ホームレス疑惑の男性「じゃあ1000円で」
店員「はい、じゃあ350円のお返しです」
店員「ありがとうございました〜」
店員は20代で私と歳もあまり変わらない。
私と同じことを考えていたのか、最後の「ありがとうございます」がやや早口でキレ気味だった。
次の瞬間だ。すべてをくつがえす嘘みたいなことが起きた。
ホームレス疑惑の男「あ、領収書もください」
さっきまでの威勢が嘘みたいに、つぶやくように若者はこう言った。
店員「え、あ、はい領収書ですね」
ー 兄ちゃん、もう動揺が声に出とるがな。ー
その時、疑惑の男性の素顔は見られなかったが、間違いなく誇らしげな顔をしていたことだろう。
と同時に、私の脳は目の前の情報を整理するのに必死であった。疑問が沸々と炭酸ソーダのように沸いていたのだった。
「なぜ?領収書がいるのか?」
「会社に請求するのか?」
「いや、そもそも会社員なのか?」
店員と私「家あるのなら、ホームレスじゃないやんけ」
我々は即座に負けを認めるしかなかった。対ホームレスゆとり世代同盟はもろくも崩れ去った
それは後ろめたさにも似た、人間の道徳心にもとづく恥じらいのような感情だった。
ぎこちない店員の敬語がキレイになった瞬間だった。
ホームレスの疑いが晴れた(?)その男性は、勝利を確信できたせいか私に間接的な仕返しをしてきた。
それは会計時の出来事。
伝票をもっていく私「ごちそうさまです」
店員「お会計が590円です」
私「じゃあ5000円で」
店員「はい、それでは4410円のお返しです」
「ありがとうございました!またお越しくださいませ」
お釣りを受け取った私「なんや、この千円札」
それは完全に、西部劇のガンマンのポケットにねじ込まれた類のものだった。
1000円札は点々と油が染みて、くしゃくしゃの跡があった。野口英世が泣いているようだった。それを入れた私の財布も悲しんでいた。
〈イメージ図〉
絶対さっきのおじさんのやつやん、これ。
ホームレスの心の声「やはり、領収書作戦は使えるわい」
私はこの日、ホームレスにも見栄があるということを身をもって体感した。