書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

「知のひらめき」こそが人間にとって最大の快楽である。

 

 人が感知する快楽には、さまざまな種類の快がある。美味しいと感じること、楽しいと感じること、面白いと感じること。その中でもひときわ楽しさと面白さを同時に感じられる「知のひらめき」が極上の快だと思っている。

 〜のひらめきという部分が重要で、これが「知ること」だけでは物足りない。物事を知ってなおかつ、自分で何かをひらめくこと。ここまででワンセットである。ここまでして初めて「次なる知」を本能的に求めたくなるのだ。ソシャゲで限定キャラが10連で当たることも、宝くじが当たることも快楽である。

 しかし、それらには次がないうえに、敷かれたレールや操作された確率にただ一喜一憂しているだけに過ぎず、先述したものとは内容の次元がもはや異なるのだ。

 なんだか人間の快について考えていたら、はからずも、にんげんらしさとは何かについて考えてしまった。