書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

人生は深刻なことだけ考えよ

どうでもいいこと、ふつうのこと、しんこくなこと。物事をわけるとだいたいこの三つになる。まえ二つは考えるまでもない。勝手にいつの間にか解決されている日常事だからだ。人がほんとうに向き合わなくてはいけないことはやはり、最後のしんこくなこと。仕事でも日常でも、そこにさえ注力していればなんとかなる。少なくともその日の夜はちゃんと寝つけられる。心の余裕は、脳の余裕。思考の変化は習慣の変化。いかようにもカスタマイズできる、改善の余地が無限にあり続ける人生。これだから人間はやめられない

付け焼き刃で仕事をしている新人について

基礎がなってない、くちだけ達者な新人がいる。てきとうな知識はまったく役に立たないどころか、お客様に迷惑しかかけない。お客様にお叱りを受けて困るのも自分だというのに。目の前の仕事が片付いたらそれでいいと思ってるらしい。なまぬるい。こういうタイプは実際に痛い目に遭わないといけない。仕事ができないことによる、ほんとうのふつごうを身をもって体験すべきだ。

まだ怒ってない、怒る準備をしているだけ。

明日、仕事のふり方が気に食わない営業部員に何かを伝えようとして怒る事前練習をしている。怒るという行為は、短時間かつ高確率で相手がこちらの言うことに従わせるための有効手段である。ただ、仕事において最も必要のない感情でもある。仕掛ける側は気にしなくていい。そんな怒りという感情を湧き起こさせた相手が10悪いのだから。欠点といえば、怒るという行為で失われるエネルギーである。突発的な怒りならまだ構わないが、それが何週、何ヶ月と継続されたものなら大変だ。その人はずーっと赤いエネルギーを灯し続けていることになる。だから私はその期間を怒りの準備期間と呼ぶことにした。まだ怒ってない。怒る準備をしているだけだと。その言葉のレッテルを貼るだけですっと気持ちがラクになった。

最悪の日の次の日は、普通の日だ。

いいことに気づいた。もしかしたら、世の中の真理の一つかもしれない、すごくいいことだ。最悪の日の次の日は、普通の日だ。これだ。2日連続最悪なことってまぁ起こらない。起こったとしても、イヤすぎてもう片方の日のことは忘れてしまうだろう。どうせ記憶から抹消されるので、最悪の日の次の日は普通の日だ。結局ここに帰結するのである。きょうが最悪でしたか?それなら大丈夫。あしたは最悪でもなく最高でもなく、きっと普通の日なのだから。