しょせん現実とはそんなもの。存在の証明ができないちっぽけな世界のなかで、むだに誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたり、ほんとうに馬鹿らしい。自由にやればいいではないか。誰の目を気にしているのか。
そして、何も行動に起こさないというのも論外である。何もしてないのはプラマイゼロではない。一方向に進む時間の流れの中で、自分自身なにも進んでいないのだから、時間を消費するだけの機会損失となる。だから、なにか行動を起こすことで、ようやくプラスへの道が開けるというわけだ。
日々をみっちり隙間なく生きる僕らは、たびたびこの世界に絶望しがちになる。だけど、しょせん、この世界が現実だと誰も証明できない。空想なのか、神の産物なのかも分からない。曖昧な空間で、足掻くもよし、足掻かなくてもよし。
どっちにせよ関係ない。ハナクソほじりながら生ぬるくしぶとくずぶとく生き抜いたほうが得なようだ。