塾に通う子供が突然「塾に通うのをやめたい」と親に言ったとき、親が「あなたの人生なんだから好きにしていいよ」と悲しそうな表情で返すこと。このことを心理学用語で矛盾を意味する「ダブルバインド」という。言葉上は認めているのに、態度では否定している。
受け取った子供のほうは、どうすればいいのかと葛藤する。「絶対怒らないから本当のことを言いなさい!」 これもダブルバインド。もう怒ってしまっているのである。子供にとってはむしろ全面的に否定してくれたほうが、母親と存分に対決できるのでさぞ気持ちが楽かろう。
だが、母親のどっちつかずの態度に翻弄されて、その態度だけで当方の行動を変える必要はない。そうなれば母親はどんどん退行していってしまう。幼児退行とまではいかないが、例えば赤ちゃんはオムツの中がちょっと気持ち悪くなるだけで泣く。赤ちゃんは言葉というコミュニケーション手段をもたないからそれでいいのだ。だが成熟した母親とか上司はちがう。言葉を自在に操れる。
我々にできることは、彼らがどんな態度をとってこようが「態度で」ではなく、「言葉で」会話することである。態度と会話しようものなら、コミュニケーションが破綻し、ずっと張りつめた精神状態になる。おまけに相手の幼児退行にも拍車がかかる。まるで赤ちゃんのような自由な態度に従い続ければ、まんまと相手にコントロールされてしまうだろう。
まっとうな言葉の積重ねによってのみ、互いの対等な関係性は保たれるのである。