書くザトウクジラ

人類の幸せから、仕事の愚痴まで。

野球と、僕の、切っても切れない関係性

 

高校時代。野球を中学まで続けていたので、親は高校も野球をやるものと信じていた。いやむしろ心から望んでいたんだろう。僕も意思表示すれば良かったのだけれど、首を縦にふった僕はグローブ、スパイク、ユニフォームまで買い揃えてもらい、野球を続けるという選択をした。野球は観る分には好きだけれど、自分には選手としての適性がないことに気づいていた。高校野球は、これまでの少年野球中学野球とは全然ちがう世界だった。上下関係は絶対で、自転車に乗っていても上級生の前では降車して挨拶しなければならなかった(途中で廃止へ)。練習もキツくて、坂道ダッシュ、タイヤ引き、グランド周回、雨の日も校舎走行。何より、僕は投げ方が致命的におかしかったので、それでチームメイトにからかわれることもあった。でね、そういうのが重なって糸が切れてしまって、夜8時過ぎに帰宅早々練習着のまま丸椅子のうえで、親の前で咽び泣いてしまいました。それから野球はしなくなったんだけど、29になった今でも問題を抱え込む気質が残っている(人とたくさん話すし、だいぶマシにはなった) 今思えばこれ悩みというか、手遅れを超えて、堤防が決壊したようなどうしようもないことが重なったときって、人はまず物理的な反応を示すのかなーというのをここまで書いて今感じたね。だから将来の子供たちには、親に何でも話してくれる子になって欲しいと思う。でも今でも風邪をほとんど引かないし、足が立派で鼻毛も太いのは、やっぱ野球の効果だと思うし野球には感謝のほうが大きいな。